4月3日のひろば

原発のない未来に向けて “はじめのいっぽ” 踏み出しませんか?

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あんざいしんやさんの手紙

あんざい果樹園のあんざいしんやさんから届いた手紙。
受取人のIさん差出人のあんざいさんの許可を得て 紹介させていただきます。




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3月11日、僕は東京神保町にいました。
仕事でたまたま来ていて、奥さんと、携帯で話していた時でした。
ビルがゆらゆらと大きく揺れていました。
逃げ場なんてありませんでした。
僕の大切な人達が電話越しに悲鳴を上げていました。
僕はただそれを聞く事しかできませんでした。
その後連絡が途絶え、メールで二人の子供と皆の無事を確認しました。

12日明方に葉山の友人宅へ避難しました。
テレビを見ると、数日前に子供達と行った仙台、
その時に乗ったピンクの観覧車、飲み込んでゆく黒い津波。
皆さんも、いやと言う程観たと思います。

そしてさらに追い討ちをかけるように、
一番起きて欲しくないことが起きてしまいました。

僕は、福島で果樹農家の4代目です。
曾爺ちゃんが植えてくれた樹を、代々守り生きてきました。
100歳を超える樹もあります。
福島市は、冬は氷点下、夏は37度にもなり、
寒暖の差が激しく美味しい果物が取れる地域で、果樹栽培が盛んです。
夏は桃、秋には和梨、洋ナシ、晩秋にはリンゴ、
蜜入りの富士りんご、その他ラズベリー、
ブルーベリー、プルーンなどをつくり、暮らしていました。

農作業は親父と、親戚のおばちゃん、
若い研修生や旅の途中の外国人など、割と楽しくやっていました。
母は、古い母屋で、陶器のギャラリーをしています。
陶芸家さんが個展をして、寝食を共に楽しんだり。
妻は、小さなカフェで、果樹園で取れた果物とギャラリーの器で、
あんざい家の結晶を作ってあそんでいました。

農家でしたので、朝昼晩いつも顔を合わせご飯を食べて、
お茶して、笑って、喧嘩して、その繰り返しです。
つまらなくもあり、楽しくもある、自然の残酷さと、自然のやさしさの中に
日々なんとなく暮らしていました。

しあわせでしたよ。

そんな日々が一瞬でなくなりました。
あの瞬間までまさかこんなときが来るなんて思ってもいなかった
まるでパニック映画のように。

本当に、夢のようです。
だって僕は、ずっとあそこで農業をして、将来は全部を自然栽培にシフトして
喜び喜ばれ、何の嘘もなく、幸せに、
命が尽きるまで家族と仲間たちで楽しく暮らしてゆく・・・
なんて思っていたから。

でも今は、前が夢だったのかなと思います。

エネルギーや、農薬、薬、食、政治、経済、生き方、
価値観それらが全て311の前から自分の中で激しく揺れていました。
もういい加減、変えたかった。
そして、木村さんとの出会いもあり
去年から無農薬無肥料でのリンゴの栽培を始めて、
初めて、真っ黒なリンゴと、綺麗な真っ赤なりんごを手にしました。
その経験が僕の心の支えとなっています。

福島から離れて3ヶ月が経ち長くも短くもなんだか不思議に感じます。
今は、札幌に暮らしています。
こうしてここで暮らしていると時々何もなかったかのような
錯覚に陥ることがあります。
北海道はそのくらい普通です。

最近良くいろいろな方と話をします。
原発をどうしたら止められるのかという話のときも
次世代エネルギーの話をしているときも
政府や東京電力の対応のことを話しているときも
福島の除染や将来について考えているときも
日本や世界の経済について考えてるときも
これからの生き方を考えてる時も

僕たち大人が考えているそれらすべて、
うだうだしている時間のあいだに。

福島に居る、両親や兄家族、友人たちの子どもたち、
そして多くの未来あるコドモタチが
寝ても覚めても、テレビを見てても、親子でじゃれ合っていても、何してでも
一瞬一瞬、内からも外からも、大量にヒバクしている事実が重くのしかかってきます。
日に日に届く子供達の深刻な状況、
頻繁に鼻血を出す幼児、
幼い子供を抱え避難してくる母親、
避難したいと思っても、周りに居る両親や親戚、
パートナーからも理解してもらえず引き裂かれてゆくきずな。


世界でもあまり前例のない原発事故。
そもそも起こってはいけないことだし、起こることを想定さえしていなかった事故…。
今や世界でも最悪の事故として、
全世界でFUKUSHIMAと言われる大きな問題となっています。


チェルノブイリとまったく同じことが起こるとは思いません。
それは、広島・長崎を訪問して、そこに生きる人たちを見たときに、
日本の食、風土、医療、技術、日本特有のものに可能性を感じたからです。
しかし、それらをするにしても、現実的に時間がかかるでしょう。
それまでの間に被曝を少しでも減すようにしてほしい。


福島の今の日常は本当に異常です・・・・。
そしてこの異常なことが起きている地域が、
一見普通な日本にあるということを
少しでも多くの方に実感して欲しいと思います。                                                         
毎日、何かできないのか、何とかならないか考える日々です。
確実に311以前にはもう戻れないし、
絶対にもどりたくもない。
戻ってはいけないと思う。
新しく創造していきたいし、皆と直に繋がって生きたいと心より思っています。

そして、子供達が愛に一刻でも早く包まれる日を心より祈っています。

                        あんざい しんや

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